『13歳からの大学授業 未来コンパス (桐光学園特別授業3)』


桐光学園で行われた特別授業の記録。さまざまな人がゲストに来ていますよ。目次を見るだけでも豪華なメンバーにクラクラしますよ…。いいなあ。多感な時期に、進路を決める前に、こういう「本物」の人たちの話を聴いたら、どんな影響があるだろう、とワクワクします。

目次:
・私たちのものの感じ方はどのように変わってきたか
 宮台 真司 首都大学東京 都市教養学部教授
・メディアと世論
 佐藤 卓己 京都大学大学院 教育学研究科準教授
・21世紀の社会と電気自動車
 清水 浩 慶應義塾大学 環境情報学部教授
・建築をつくることは未来をつくることである
 山本 理顕 横浜国立大学大学院 工学研究院教授
・ジェンダー研究のすすめ
 上野 千鶴子 東京大学大学院 人文社会系研究科教授
・グローバルに考えるということ
 伊豫谷 登士翁 一橋大学大学院 社会学研究科教授
・生命を考えるキーワード、それは“動的平衡
 福岡 伸一 青山学院大学 理工学部教授
・生物学を学ぶ意味
 本川 達雄 東京工業大学 生命理工学部教授
・ヒトはなぜヒトになったか
 長谷川 眞理子 総合研究大学院大学教授
素数ゼミの秘密
 吉村 仁 静岡大学 工学部教授
・雲と雨と気候 −衛星観測のひもとくもの
 高藪 縁 東京大学 大気海洋研究所教授
・アトピー
 藤田 紘一郎 東京医科歯科大学名誉教授/人間総合科学大学教授
・映画の本当の面白さ
 四方田 犬彦 明治学院大学 文学部教授
ハイカルチャーとしての芸術
 佐々木 健一 日本大学 文理学部教授
・独学の精神
 前田 英樹 立教大学 現代心理学部教授
・詩をどう読むか
 松浦 寿輝 東京大学大学院 総合文化研究科教授
・ 「百人一首」の成立 撰者定家の隠された悩み
 有吉 保 日本大学教授

以下、メモ。

p.19-20 宮台真司
最後に「感染」というキーワードを手渡したい。「感染」とは、予想もしなかった人に出会い、「この人すごい」「この人のようになりたい」と感じ、普段の自分には思いもつかないことがやれるようになることだ。
実は「感染」によって自己形成が始まるという考えは、2500年以上前のギリシアにはすでにあった。だから、哲学の本を読むと「感染」(哲学では「ミメーシス」という)が非常に重要なキーワードになっていることがわかる。損得を気にしてふるまい、自分の利益を増すことも、「幸せ」だろう。でも、すごい人に「感染」して、自分に力がみなぎるのを感じたり、できないはずのことができる自分を感じる「幸せ」は、経験した人でないとわからない。
昔は地域の中に、農家の人も商店の人も会社の人も医者の人もいて、多様な人たちと交流できた。だから「感染」の機会が多かった。今は同じような住民が固まっているし、互いの交流も薄いから、「感染」の機会が減った。そのぶん、現実の人とは別に、映画や小説や漫画に登場するキャラクターに「感染」することが、重要になってきた。そのことを自覚しながら、自身の「感染」の機会を増やす手段として、コンテンツを利用してみるのもいい。

p.25 佐藤卓己
私は「メディア文化論」の最初の講義で、いつもこの質問を学生たちにしている。メディアが発する情報に対して向き合う前に、まずメディアが何であるかを知る必要があるからだ。
ちなみに、京都大学で開いている中学生を対象にした「ジュニア・キャンパス」の特別授業でも同様の質問をしてみた。メディアだと思うものを可能な限り挙げてもらったところ、なんと21個挙げた女の子がいた。彼女は、5媒体のほかに手紙、携帯電話、映画、音楽、ポスター、チラシ、本、写真などを挙げていた。確かに、これらはすべて「情報を伝達するもの」である。

p.86 伊豫谷登士翁「
雇用の不安定化を取り上げた本として、『勝者の代償』(東洋経済新報社)があります。著者は、クリントン政権時代に労働長官だったロバート・ライシュという人物です。私はこの本の書き出しが気に入っています。長官時代、毎日夜遅くまで激務に追われていたライシュのもとに子どもから、「今日も遅いの?」と電話が入った。その声を聴いて、労働長官を辞める決意をしたというエピソードです。政権を担う長官という役職は、エリート中のエリート。しかし、エリートは、絶えず走り続けなければその地位を確保できない、というのがこの本のテーマになっています。だから、「勝者の代償」という邦訳の題は絶妙です。

p.94 福岡伸一
シェーンハイマーの実験

p.107 本川達雄
職業を選ぶ際は「好きなことをする」ではなく「世の中で大切なことをする」と考えたほうがよい。特別に好きではないけれど嫌いではない、これだったら私は結構やれるし、それなりに社会の役に立っているなあ、と思えるものを見つけていくことが、現実的な職業選びだと私は考える。

p.112 本川達雄
伊勢神宮式年遷宮といって20年ごとにまったく同じものを建て替えてしまう。持統天皇以来、1300年続いているが、今も現役で機能している。これほど長い年月機能し続ける建物は世界でほかにない。まったく同じものを建て替えて続けていくというやり方は、とても賢い方法だ。
しかし、伊勢神宮は世界文化遺産に指定されない。なぜなら、西洋人いわく「これはたかだか15年しかたっていないから」。けれども、日本人の感覚からすれば「回っているから1000年続いているのだ」となる。これは時間に対する見方の違いだと思う。そして、生物は伊勢神宮方式だ。

p.177 四方田犬彦
この仕掛け(「ものがぱっと消えてしまう仕掛け)は、ほとんど偶然に発見された。あるときメリエスが街角で建物を撮っていた。途中でフィルムを使い果たしてしまったため、カメラを固定して新しいフィルムに入れ替えて再開した。そしてできあがった映画を見てみると、なんと建物のそばにあった馬車が、ある瞬間ぱっと消えてしまったのだ。この偶然が、早変わりや変身や一瞬で消滅するような仕掛けとして映画の得意技になったというわけだ。

p.204 前田英樹
私は大学で教員をやっているが、まず新入生に言うことは、教員の知識に振り回されるなということである。教員は専門的な知識をたくさん持っている。そればっかりやっているのだから、当然である。そしてそういうものは、すぐに古くなる。君たちが教員から学ぶべきなのは専門知識ではなく、彼らがものを考えるときの身振りや型なのだ。そこにその人のほんとうの力が現れている。もし、君たちが「ちょっといいな」と思う先生に出会うとする。そこで君たちが惹かれているのは、そういう身振りや型だ。それは先生自身がはっきり取り出して教えられるもんじゃない。学ぶ側の人が、見抜いて型を盗む。それしかできない。やっぱり独学になる。

p.204 前田英樹
もう一つ、私が新入生に勧めることは、大学生の間に、自分が生涯愛読して悔いのない古典に出会えということだ。それは1冊でもいい。私は大学生のある日、フランスのアンリ・ベルクソンという哲学者が書いた「心と体」という短いエッセイに出くわした。それはほんとうにばったりと出くわしたのである。JR中野駅から東京駅に行く電車の中で、偶然それを読みはじめた。数ページ読んだところから世界が消えてしまった。時間にして20分ほど。とても読みとおせる量じゃない。でも読んでしまった。ページをめくった記憶などない。それから今日まで、ベルクソンの全集は読んで、読んで、読み終わることのない本になっている。この人を読むことは、私の最大の幸福であり、生きがいである。君たちも、そういう本に出会ったらいい。古典の愛読は、君たちめいめいの気質をかけてなされる一生の事業だと言ってもいいくらいだ。