戸塚滝登『コンピュータが連れてきた子どもたち』
コンピュータが連れてきた子どもたち―ネットの世界でいま何が起こっているのか
- 作者: 戸塚滝登
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2005/12
- メディア: 単行本
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何はなくとも、とりあえずコンピュータを使わせておけばいいだろう?みたいな授業は、学校からはだんだん少なくなってきてはいる気がします。結局、コンピュータという道具を使って、何をするの!?という部分ができあがらないことには、どうしようもないことだからね。
教育分野がいかに遅れているか、などが語られ、子どもの脳の可塑性や学習の臨界などについて紹介がされる。たった1回のチャンス…とか思っちゃうと、怖くて子育てなんてやってられないと思うのですが。確かに、可塑性はあると思うけれど、でも1回だけのチャンスじゃなくて、経験や体験の積み重ねとして、子どもの人格や能力ができあがっていく、と考えるように、保護者には教えたいけどなぁ。子どもは親のために生きているわけではないので、「私がここまでしてあげているのに!」と見当違いの意気込みをお持ちのお母様が多いので…。子どもの人生は、子どものもの。
以下、メモ。いろいろとおもしろ名言集も含む。
p.16
シーモア・パパートのたとえ話「もし100年前の医師と教師がタイムマシンで現代にやってきたら?」:
- 医師は、fMRI、CTスキャナ、レーザーメス・・・医療設備や技術の進歩に驚くだろう。
- 一方で教師は?それほどの驚きはないだろう
p.52
子ども時代に「創造力と想像力」を育むことが必要
↓
しかし、これは教育という作用によってからされているのではないか?
p.72
「
つまるところ、実はインターネット教育とは大人になってからでも十分に学べることばかりを教えているにすぎないのではないか?わざわざ子ども時代の貴重な時間を費やして学ばなくてもよいトリビアルな知識--どうでもいい無駄な知識--を教えこんでいるのではないか?
」
p.81
「
「クモはどうやって巣をつくるの?」
子どもがこんな不思議を抱いたとします。最良の方法は実際に自然の中に出かけてクモが巣を張る現場を観察し、その巧妙な方法にビックリしたり感激したりする体験を持つことでしょう。日本の理科教育と環境教育に多大な影響を与えたアメリカの生物学者レイチェル・カーソンの唱える“センス・オブ・ワンダー”(自然や生命に畏怖する心)です。
」
p.109
日本の戦後教育はそのほとんどがアメリカからの輸入品の歴史だといえる:
コア・カリキュラム、単元学習、ニュー・マス、プログラム学習、環境教育
p.119
子どもが生れ落ちてくるときに、小さな手の中に必ず握り締めてくる“小さな切符”がある
=「学ぶ力」
↓
教師としての務めは、子どもたちの学ぶ力を何よりも信じることだ。消さないこと。閉ざさないこと。子どもが握り締めている小さな切符を信じること。それが教師の仕事。
p.137
エリック・レネバーグ(神経科学者)
「感受性期」仮説(critical-period hypothesis):
脳が(生得的に)言語を獲得できる時期には制限がある。それは誕生から思春期が来るまでの期間に限られる。
子どもが言語(母国語)を自然に獲得できる期間には「しめ切り(臨界期)」が存在し、それは11歳〜12歳あたりまでとなる。
=脳の可塑性によるもの。プルーニング(剪定)とチューニング(機能調整)によって、決定される。
↓
p.175
「
教育とは子どもたちの脳の可塑性を信じることです。そして教育とは感受性期の短さを厳しく意識する営みなのです。
」
p.178
プルターク
The mind is not a vessel to be filled but a fire to be lighted.
こころは満たされるべき容器ではない。それは灯されるべき炎なのだ
p.179
アラン・ケイ
The best way to predict the future is to invent it.
p.224-225
ハワード・ガードナーのMI理論
・生物学的な根拠や、文化人類学に基づく根拠も総合して、7種類の独立した知能から人間の知能が構成されている、と結論。=知能の多重性理論 Theory of Multiple Intelligence
・現在では、8つの知能から構成されると考えられている。