井沢元彦『逆説の日本史 13 近世展開編 江戸文化と鎖国の謎』
- 作者: 井沢元彦
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2006/06/02
- メディア: 単行本
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最近大好き、井沢元彦。で、図書館で借りてきた。でも、自分的にはあまり好きではない江戸時代。なんで江戸時代あまり好きじゃないんだろう?太平の世でロマンがあまりないから、かな?平和な時代、大いにけっこうなのだけどね。
「信長が比叡山を焼き打ち」って日本史で習ったときに、「残虐だったんだなー」という感想を持つのは、現代の価値観をあてはめて考えるからであって、当時の価値観で言えば残虐なことしまくりの信徒たちを皆殺しにして「僧侶が武器を持つのが悪だ」というルールを打ち立てたことがえらいのだ、という記述あり。どうしても、今の常識とか価値観でもって歴史を評価しがちだもんなー。
以下、ちょっとだけどメモ。
p.62
「
だが、もう気が付かれただろうか?
この「国際連盟脱退」と「全方位外交」は、同じ楯の裏と表だということを。
「すべての国と仲良くしたい」ということは、それが裏目に出ると「すべての国と敵対する」ということになるわけだ。そもそも「全方位外交」などという幻想にこだわるから、それが壊れた時は非現実的な「孤立」になってしまう。
「すべての国が日本を敵視している」、松岡をはじめとする当時の日本人はそう思ったかもしれない。しかし、日本のライバルが中国ならば、「中国の敵」は「日本の味方」のはずである。そういうセンスで窮地をくぐりぬけるのが外交というものだ。「全方位」か「全敵視」かという二者択一は外交ではない。
」
p.77-79
「
宗教の力は現代のアメリカ政治を動かすほど強いということだ。特にキリスト教は「強い宗教」なのである。
なぜ「強い」か、ということは、これまでにも少し触れたが、一番重要なことは「自らを絶対の正義とする傾向が強い」ということなのである。
日本でも日蓮はそうだった。
日蓮は自ら信じる法華経を絶対の真理(正義)と信じていたから、他宗を「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊(四箇格言)」と激しく非難した。これは「念仏を信じれば無間地獄に落ちるぞ」ということだから、念仏信者(浄土宗、一向宗の信徒)は収まらない。(略)そこで彼等は「あの日蓮という坊主を叩き殺せ」ということになる。宗教戦争である。
その宗教戦争を、織田信長が終わらせた。
日本の「原理主義者」を皆殺しにすることによって、「宗教の争いで人を殺すことは悪」という現代日本の基本ルールを信長が確立した。
この「日本人への最大の贈物(塩野七生氏)」の価値がまったくわかっていない人間が、「信長は残虐だ」という見当違いの批判をする。本当に残虐なのは「強い宗教の信者」の方なのである。彼等は自分たちを「絶対の正義」と信じているから、自由を奪われた無抵抗の人質の首をはねることもできる。もちろんそれはブッシュ陣営も同じことで自らを十字軍(=絶対の正義)と信じるからこそ、多くのゲリラ掃討の中で無抵抗な市民を巻き添えにしても平然としていられるわけである。
現代ですら「強い宗教」はそれだけの力を持っている。では、今から400年前はどうか?
400年前のキリスト教が、どのように「強く」「残虐」なものであったかは、何度も述べたので繰り返さない。ただ問題は、信長・秀吉・家康のトリオがようやく宗教というものの「牙」を抜いて、「安全無害」なものにしたところで、最後に残ったのがキリスト教だった、という歴史的事実である。
だからこそ家康は、断固としたキリスト教弾圧に踏み切った。それは既に述べたように外国の学者も評価するぐらい、政策としては妥当な判断であった。
」