吉本隆明・糸井重里『悪人正機』

悪人正機 (新潮文庫)

悪人正機 (新潮文庫)


けっこう前に読み終わっていた本ですが、もう一度ドッグイヤーしておいたところだけを復習。おもしろかった。

以下、メモ。

p.33

人助けってことに関してなら、それはやっぱり、親鸞の言っていることが完璧じゃねえかと思ってますね。親鸞は、いかに人間が善意を持って目の前の人を助けようとしても、助けおおせるもんじゃない、と言ってるんです。
(略)
もちろん、その時に気が向いたっていうか、その気になったら、まあ助ければいいし、気が向かなかったら助けなけりゃいい。それだけのことなんだって言うんです。善い悪いの問題じゃない、と。


p.45

まあ、挫折を知らないからダメだって言われても、どうすることもできないわけだからね。挫折なんて、しないならしなくてもいいですよね。というかできないですからね。
そういう説教をする上司とか先輩とかがいたら、ただ、いい加減に聞き流してりゃいいんです。だって、そういわれても、それ以上のこと、例えば「わかりました。これから挫折してみます」ってことを言えるわけじゃないし、言ったほうだって「じゃあ、ここへ行って、こうして挫折してこい」って紹介することもできないんだしさ。言ってるだけ、聞いてるだけってことで、いいんです。


p.70

例えば、仲がよくねえなっていう二人の作家がいた時に、どっちかが「あいつはけしからんじゃねえか」とか言っても、「いや、僕が知っている限りでは、そうじゃないです」って擁護する。そういう態度を見てると、この人は自分のことを悪く言うやつがいた時、きっと「いや、そうじゃないところもあります」って言ってくれるんだろうな、と信頼感みたいなのをもてますよね。
ところが、ダメなヤツ---というか、そういうことに慣れていない素人は、バランスをとろうとするんですよ。同じように並べて、自分は公平なんだって思っちゃうんでしょうけど、公平っていうのは、そういうことじゃないんです。


p.71

仕事がほんとうにイヤになったらどうする
自分はどうしてきたかって実感に即して言うと、これは太宰治の小説の一節なんですけど「自分はへとへとになってからなお粘ることができます」って言葉があるんですね。


p.86

上司以上に大切なのは、実は「建物」なんだ


p.98

「清貧の思想」とか、そういうものはダメなんです。人間は、そういうふうには生きられない生き物なんですから。自分ばっかり正しいと思い込んでる人たちは、まずそのことを理解しないといけません。遊んだり、お洒落をしたり、恋愛をしたりっていうことがなくなったら、人類の歴史のいいところはほとんどなくなっちゃうんですよ。


p.150

大学教授たちが、定年後にどうなっていくかというと、みんなどっかの大学の時間講師になるんだよね。(略)
これを僕に言わせれば、っていうかやらせれば、例えば、そういう人たちに大学時代の三倍くらいの給料を払って、中学の先生をしてもらうっていうのがいいんじゃねえかと。それが教育改革じゃねえかっ手思うんです。ちょうど普通の家で言えば、おじいさんが孫を相手に話をしてやる、くらいの調子でやればいいってことなんです。
まあ、もともと何らかの分野の大家がやることなんだから、非常にわかりやすくね、一から十まで教えてくれるっていうことがあるわけでしょう。これは、中学くらいの子どもには役に立つし、面白いしね。それに、そういう先生だったら「行儀が悪いぞ」みたいなこととかは、バカバカしくてあんまり言わないだろうからさ、そういうところでもいいんじゃないか、と。


p.172

毎日やるのが大事なんですね。要するに、この場合は掛け算になるんです。例えば、昨日より今日は二倍巧くなったとしましょうか。で、明日もやると。そうすると二×二の四倍で、その次の日もやったら、また×二で八倍になる。だけど毎日やらずに間を空けると、足し算になっちゃうんです(笑)


p.252-254

つまり、究極的で、しかも簡単に言うと、例えば「水は酸素と水素からできている」っていうことは、まあ、どこの国で誰が何を考えようがやろうが、そういうことになっていますよね。化学の理屈として、何か問題を分析する際に、必要な情報の中に「そういうことはあるだろう。あるって言っちゃってもいいぜ」っていうものを探して前提にすることがあるんです。
「酸素と水素」を見つければ、「水」ができる。
どういうことかというとですね、要するに、水が「酸素と水素からできている」ように、分析したい問題を「水」として、「酸素と水素」にあたる情報が何なのかをうまく見つけることができれば、どこの国のどんな問題だって、だいたい当たるんじゃないかっていうことなんです。
もちろん、その問題について、たくさんの知識がなけりゃ、完全な言い方っていうのはできないんだけど、大きくハズレはしないよって思いますね。
(略)
僕の情報の見方はそういうものだから、問題の「酸素と水素」が探せてない時には、まだ自分は何も言えないってことになります。それに、どのへんが酸素で、どこいらが水素かってことを見誤ると、水にならねえ(笑)
じゃあ、どうやって酸素と水素を探すんだってことになると、これはこうだからこうやって探せるとか、あそこを見ればわかるんだっていうことはなかなか言えないし、また、それを言っちゃうと嘘になっちゃいますから、自分なりの方法で見つけるしかないんですね。