金原瑞人『12歳からの読書案内』

12歳からの読書案内

12歳からの読書案内


仕事がら読みたかったのと、めちゃめちゃ気が早いが、自分に生まれてくる子どもにどんな本を読ませたいだろうか、とかちらりと考えて手に取った。でも、自分で読んでみたい本がたくさん。そのメモなど。トピックごとに本が取り上げられているのだけど、「冒険の楽しさを味わう本」はほぼライトノベルの独壇場みたいな感じ。そうだよなー、冒険の楽しさを味わえる小説って、あまりないのかもなー…とか思ったりして。いや、そんなことないかもしれない。もし冒険の楽しさを味わえる(と思う)小説でこれは!というのがあれば、ぜひ教えてください。

p.40
村中李衣『こころのほつれ、なおし屋さん。』
山口県のある短大で行われたコミュニケーションワークという授業を紹介した本。「生き残りゲーム」などのゲームが収録されているらしい。


ひとつひとつ読むたびに、がつんとなぐられるような衝撃が走る。読み終えてつかのま、人を、いや、自分を信じてみようかという気になってしまった。


p.48
後藤竜二『乱世山城国伝』


p.58
桐野夏生『リアルワールド』


p.62
佐藤多佳子『黄色い目の魚』


p.86
三浦しをん『秘密の花園』


言葉をいくら重ねても、果てしなく隔てられ交わることがない。でもだからこそ、どこかに逃げたいとは思わないのだ。(中略)どこに行っても一人なら、せめて那由多のそばにいたい。


p.119
森達也『いのちの食べ方』


しかし何より素晴らしいのは、この本が伝えようとしていることだ。次のところを読んでみてほしい。
「戦争は愚かだと誰もが知っている。でも戦争はなくならない。本当の悲惨さを、家族が殺されるつらさを、自分が誰かを殺さねばならない瞬間を、人はいつのまにか忘れてしまうからだ。忘れているのに知っているつもりになる。だから間違う…」
(略)
明日から、世界を見るきみの目が変わるかもしれない。


p.198
原武史『鉄道ひとつばなし』


p.209
枡野浩一『かんたん短歌の作り方』

やさしく書くってことはなんてむずかしいんだろう。


目次を読んだだけでも、なにかしら会得したような気になってしまう。

「短歌以外の形式で表現したほうが面白くなる内容のものは、短歌にしては駄目です。」
「自分と同じ経験をしていない人にこの表現は通じるか?と、常に自問してください。」
「共感を呼ぶ題材を見つけただけで終わってしまっている、というのが、世間によくある駄目短歌なんです。」

等、言い得て妙なるタイトルばかりである。


p.210

アメリカ図書館協議会(ALA)はかつて、成人以降もよく本を読んでいる人への大きな調査を行ったことがある。その結果わかったのは、その多くが中高時代に読書の楽しみを覚えたということだった。つまり、ヤングアダルトの時代だ。
これはALAの調査を引き合いにだすまでもなく、ちょっと考えればすぐにわかると思う。
小学校の頃は、親や教師やまわりの影響が強いが、中学校に入ると次第に自我が目覚めてきて、好き嫌いがはっきりしてくる。そのときに、自分のものとして本を読んだり、音楽を選んだり、アニメを選んだりするのだろう。
ぼくの場合は、ちょうどその時期、まわりに本がたくさんあった。そしてそれが自分の好みにぴったり合っていた。ただそれだけのことだ。
しかし、中高生の頃、ちょっと本が読みたいなと思ったとき、その人のまわりにそんな環境があるだろうか。あるといいな、と思う。(金原瑞人


p.218
千葉聡・歌集『そこにある光と傷と忘れもの』


作者は中学校の国語の先生である。(中略)「ムカツク」「ウザイ」「キモイ」「アリエナイ」なんて言葉だけで構成されがちな心を椅子に座らせて勉強を教えなくてはいけないなんて、先生というのはなんてたいへんな仕事だろう、と今になって思うけれど、当の中学生は、きっと知るよしもない。