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横山正樹『あたりまえの未来を奪うやつ 暴力と闘う平和学』

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平和論関係の勉強のために借りてきた本3冊目。ヨハン・ガルトゥングの論を基本にいろいろと語られる。理不尽な「暴力」に人生を邪魔されたくはないなぁ、と本当に思います。そんな状況が、誰にも起こらないように、少しでも減るように、何ができるか考えて動かなければいかんのです。でも、そのために何をするか、というのは人それぞれのアプローチ。僕は教育の方から何ができるか考える。もちろん、それだけでは足りなくて、政治の方からも、経済の方からも、文学など文化の方からも、いろいろなアプローチがされるべきだよね。それを結集して、「暴力を減らすためのアプローチ集」みたいな形でまずは積み上げていくことだよね。
以下、メモ。

p.12
ヨハン・ガルトゥング
「暴力と平和そして平和研究」
『平和研究ジャーナル』(1969年)
暴力から平和を定義する方法
→誰もが望む平和をとらえようとするときに、そのまま望まれている内容を述べるのではなく、逆に「平和でないことは何か」という視点に立つこと。
→「平和」の反対語は「戦争」ではなく、「暴力」であること。
→「暴力」の内容は「構造的暴力」というより広い意味で捉えたもの。


p.13
ガルトゥングの定義:
平和=「暴力がないこと」(暴力の不在)


人間あるいは人間集団の、身体的あるいは精神的な自己表現の現状が、その人たちの潜在的な実現可能性以下に抑えられるような影響を受けているならば、そこには暴力が存在する。暴力とは、潜在的実現性と現実との差、あるいは達成されるはずだった状態と現状との格差の原因と定義される。暴力は実現可能性と現実との格差を拡大し、また、この格差の縮小を妨げるように作用する。


p.38
ガルトゥングが考える暴力=「あたりまえの姿」
1.身体を傷つける暴力と、心を傷つける暴力
2.行動を制限するような暴力(監禁など)と、逆にある方向へ誘導し助長する暴力(扇動や買収、情報操作など)
3.直接の被害者がいる暴力と、被害者が特定できない(社会不安をあおるような)暴力
4.加害者の明らかな暴力と加害者が特定出来ない暴力(飢餓や差別など)
5.意図的な暴力と意図的でない暴力
6.目で見ることのできる顕在的暴力と、見えにくい潜在的暴力


p.164
何より大事なのが人的つながり
・アジア太平洋資料センター(PARC http://www.parc-jp.org
・インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA http://www.nindja.com


p.165

平和学は、学ぶだけでなく、行動に移すものです。