ポール・クルーグマン『良い経済学 悪い経済学』

良い経済学 悪い経済学 (日経ビジネス人文庫)

良い経済学 悪い経済学 (日経ビジネス人文庫)


ポール・クルーグマンのエッセイは好きです。特に山形さんの訳のときは。この本は山形さんじゃないですけど、国際経済学をえらそうに語るエコノミストたちの言葉を、もっと考えて聞こうよ、という本。エコノミスト、勉強しろ!でもあるし、そんなのに騙されるな!一般ぴーぷる!っていう本でもある。
文中に何度も出てくる、決意のような文章が、クルーグマン博士の決意を物語っているようで。この本に収録されている一編「アジアの奇跡という幻想」は、ちょうど大学時代にフォーリン・アフェアーズで発表されて、経済の授業で読んだ記憶があります。いま読んでも、全然時代遅れじゃない感じ。勉強になりました。

以下、自分のためにメモ。

p.11

言い換えれば、経済学者が国際経済について約200年にわたって懸命に考え、研究してきたことは、デービッド・ヒュームの「貿易収支論」以来の経済学の伝統は、公の議論の場ではまったく無視されているのである。そして、怪しげな論法が主流の座を占め、難しい問題を真剣に考えようとはしないが、高度な理論を論じているかのように思わせたい人たちが、それに飛びついている。こうした論法が貿易に関する議論を完全に支配しているため、貿易についてなにかを学ぼうと思った人は、大学の教科書を読まない限り、もっとまともな理論があることには、おそらく気づかないだろう。
このような論法は「俗流国際経済論」とでもいうべきものだと、わたしは考えるようになったが、貿易に関するまともな理論が駆逐されて、俗流国際経済論がはびこるようになった原因はどこにあるのか。


1)人間の基本的な性質=安易に流れることへの誘惑
2)経済学者の影響力が全般的に低下(経済理論の派閥が分裂)
3)幅広い国民に向けて自分たちの考え方を伝えようと努力しなかった国際経済学者(これが最大の責任要因)

p.14

俗流国際経済論に反論するには、書き方を変えなければならないことに気づくようになった。経済学者以外の読者を対象に、明解で、効果的で、楽しくすらある論評を書かなければならない。そうしなければ、だれも読んではくれないのだ。経済学で使われる用語を思わせるような言葉は使ってはならない。経済学についてはかなり知識があると考えているが、実際にはまともな経済書を読んだことがない読者が対象だからだ。完全に完結したものでなければならない。読者に予備知識があると想定したり、経済学の権威に頼ったりしてはならず、まったく白紙の状態から議論を組み立てていかなければならない。そして最後に、正しいものでなければならず、揚げ足取りや大向こう狙いであってはならない。まともな経済分析がどういうものであるかを世界に示すことが、エッセイの目的だからだ。

p.57
戦略的通商政策の可能性検討から導かれた2つの結論

1)
戦略的に支援すべき産業を選び出すことも、支援の適切な形態と水準を判断することも、きわめて難しい
2)
戦略的通商政策が成功したとしても、その効果はかなり小さい


p.85

複雑なシステムを研究した者なら、研究対象が世界の気象であろうが、ロサンゼルスの交通のパターンであろうが、製造工程内での資材の流れであろうが、システムの動きを理解するにはモデルが必要であることを知っている。通常、きわめて単純なモデルから出発し、モデルを徐々に現実的なものにしていき、その過程で、現実のシステムについての理解を深めていく。

伊藤元重先生の解説から
p.294

保護主義の議論はどこかかつての天動説に似ている。地球は丸いというよりは平らであるという方がわかりやすいし、地球が太陽の周りを回っているというよりは、太陽が地球の周りを回っているという方がわかりやすい。少なくとも日常の生活感覚ではそうした見方の方がわかりやすい。ガリレオをはじめとする科学者はこうした俗説を打破するため、科学的な事実を世間に受け入れられるような努力を続けてきた。そのため教会という権威とも闘った。いまや、地球は平らであると信じている人は少ないだろう。地球が丸いということを説得的に説明した科学者たちの勝利である。
同じような意味で、保護主義者たちの議論はわかりやすい。「アメリカと日本は競争しており、日本の勝ちはアメリカの負けである」、「第三世界からの輸入が増えれば、先進国の労働者は失業する」。こうした、わかりやすい、しかし、誤っている考え方を打破するのは、現代の経済学者の大きな使命である。

p.297
ジョーン・ロビンソン(ケインズの高弟)

経済学を学ぶ目的は経済学者に騙されないためである

伊藤元重

経済学を学ぶ目的は“エコノミスト”に騙されないで自分の頭で考える力をつけることである

クルーグマン

大学生が国際経済学を学ぶ目的は世の中に横行している俗説をおかしいとわかる能力を身につけることである