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関裕二『かごめ歌の暗号 わらべ歌に隠された古代史の闇』

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 古代史ミステリー、大好きなのです。大学生の頃、友達とのふとした会話から、「かごめかごめは怖い歌らしい」という話が出て、「そうなの?」と思って、図書館でいろいろ検索して関連書を探したのを思い出した。あの時は、宮本常一あたりまで追いかけたような気がする。その後、高田崇史の本を読むようになって*1、かごめ歌に関連する記述が出てこないかと、毎回楽しみにしていたっけね。
 この本では、かごめ歌をスタートにして、どんどん大きい話に誘われていきます。「え?かごめ歌は?」と思わずに、話に乗っかっちゃうのがおもしろいでしょう。
 最初こそ、籠神社についての話などを聞きつつ、行ってみたいなあ、とか思ってたけど、テーマはどんどん広がっていきます。 物部と蘇我と藤原。大和と出雲。じゃ、ヤマトって誰だったの?邪馬台国は?と。
 以下、メモ。

*1:これも大学の頃、友人に『六歌仙の暗号』を薦められたのがきっかけだったな。

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山本周五郎『泣き言はいわない』

泣き言はいわない (新潮文庫)

泣き言はいわない (新潮文庫)


 人生で初の山本周五郎です。何から読もうかと思って文庫の棚を見て、ちょっと凹んでいるタイミングだったので、『泣き言はいわない』にしました。いや、名言の嵐だ。やばいこれは…。テンション上がるな。そして、作品も読んでみたくなった。なるよ、これは!
 以下、メモ。

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菊池省三・関原美和子『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』

菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業

菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業


 菊池先生による学級崩壊寸前のクラスの再生を追った本。言葉って大事だなあ、と思います。同じことを伝えたいのでも、「どう伝えるのか」ということによってまったく変わってきます。菊池先生の、「このクラスからなくしたい言葉」を最初に児童たちから出してもらう、っていうのはいいなあ、と思いました。
 褒めたり、感謝したり、という肯定的な言葉は自己肯定感にもつながってくる。価値観と言葉もつながっているから、褒められたことがない人は、人のいいところを見つけて褒めることもない。そうだよなあ、と。
 ゲーミフィケーションでバッヂをあげたりするのも、実はこれに近いのかもな、と思ったり。もしかしたらLINEAのスタンプも?言葉で表現できない部分を、絵文字とかで簡単にさせちゃうのって、コミュニケーション促進としてはいいけれど、教育としてはいまいちかもな、と思った。
 以下、いろいろとメモ。

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梅田望夫『羽生善治と現代』


最近とっても興味があってフォローしている、将棋界について、梅田望夫さんが書かれた本。関西出張の行き帰りで読み始めて、熱中。いやー、楽しかったなあ。まさしく、想定読者だろうな、と思える感じだった。

将棋の場合「難しいんでしょ」「専門的な知識がないと見てもわからないんでしょ」とスポーツに比べて、敷居が高いと感じている方が多いように思います。確かに、将棋は難しいゲームです。しかし、それを楽しむのはちっとも難しくないのです。(中略)
将棋を指すのは弱くとも、「観て楽しむ」ことは十分できます。例えばプロ野球を見る時。「今のは振っちゃダメなんだよ!」とか「それくらい捕れよ!」。サッカーを見る時。「そこじゃないよ!今、右サイドが空いていたじゃんか!」(中略)言いながら見ますよね。それと同じことを将棋でもやってもらいたいのです。「それくらい捕れよ!」と言いはしますが、実際に自分がやれと言われたら絶対にできません。「しっかり決めろよ!」も同じで自分では決められません。将棋もそんなふうに無責任に楽しんでほしい。(『頭脳勝負』ちくま新書、2007年)

これは、将棋界の若きリーダー、渡辺明竜王の言葉である。
私はこの彼の言葉に深く共感した。
将棋の未来を切り開いていくためには、「指さない将棋ファン」「将棋は弱くても、観て楽しめる将棋ファン」を増やさなくてはいけない。顕在化しなければならない。ベテランたちよりもうんと長期的な視点でモノを考えて行かなければならない若手棋士たちのそんな問題意識は、渡辺さんや、彼の周囲の棋士たちのなかには横溢しているのである。私も微力ながら、そのお手伝いをしようと思っている。(p.61-62)

そうだよね、たしかにそうだ。僕は「指さない将棋ファン」になりたいなあ、と思った。サッカー、上手ではないけれど、観るのは大好きだもんなあ。これと同じようになればいい、ということだものね。

「将棋が強い」とはいったい何か。突き詰めて言うとそれは、将棋のある局面での最善手や好手を、誰とも相談せず、何も見ずに、自分の頭で思いつくことができる、ということである。だから将棋が強い人は、将棋を観ながら、自分の頭の中でああでもないこうでもないと考えて楽しむことができる。そしてそうなるためには、たくさん将棋の勉強をして、実戦でたくさん練習しなければならない。
しかし、将棋を観て楽しむために必要最小限のハードルはもっと低い。将棋のある局面の最善手や好手やその先の変化手順を、自分で思いつけなくても、それらを教えてもらったときにその意味が理解できればいいのである。
ただ、それには一つだけ条件がある。一局の将棋がただ棋譜として提供されるのではなく、たくさんの言葉が付随して提供されなければならない、ということだ。テレビ放送やネット中継であれば実況解説だし、新聞や雑誌や本であれば観戦記や将棋解説といった、将棋を語る豊潤な言葉が必要なのである。逆にそれさえ充実すれば、「将棋を観る」ことができる人の数は「将棋を指して強くなれる人」の潜在数を大きく上回る。そしてそうなったときにはじめて、「野球をやる」に対する「野球を見る」と、「将棋を指す」に対する「将棋を観る」とが、近い意味になってくるはずなのである。(p.102)

そうなの!そうなの!どうやったら楽しめるのかがわからないのですよ…。「どう動かすのが定石なのか」がわかってれば、もっと楽しめそうだな、といつも思ってる。でも、それが楽しめるようになったら、日本で最高レベルの知的なやりとりを楽しめるようになるよね。


この本では、当時の将棋界の四人の最高知性、羽生善治名人、佐藤康光棋王深浦康市王位、渡辺明竜王が登場する。この四人がそれぞれに個性的で、とっても素晴らしい。渡辺明竜王は、ちょっと世代が下だけれども、シリコンバレーの俊才と同じ雰囲気がある、という評は梅田さんらしいなあ、と思ったり。

2008年から2009年にかけて、将棋界の四人の最高知性、羽生善治名人、佐藤康光棋王深浦康市王位、渡辺明竜王と過ごした時間があまりにも豊穣だったため、私は期せずして「超一流とは何か」を考え続けることになった。
現代将棋においては、才能に恵まれるだけでは十分でなく、そのうえで、尋常ではない努力を長期にわたって持続できる人しか、トップには到達できなくなった。これも現代社会の在りようを象徴しているように思う。
私は、異なった個性を持つ四人から、「対象(将棋)への愛情の深さゆえの没頭」という共通の基盤の上に、それぞれ独特の「際立った個性」が加味されてこそ、「超一流」への壁が超えられるのだと学んだ。そのエッセンスを一言でまとめれば、

「超一流」=「才能」×「対象への深い愛情ゆえの没頭」×「際立った個性」

という方程式になる。
方程式右辺の三つ目の要素である「際立った個性」についてだけは四人それぞれ異なり、羽生の場合は、科学者のような「真理を求める心」。佐藤は、少年のような「純粋さ」。深浦は、内に秘めたすぐれた「社会性」。そして渡辺は、同時代の世界中の優秀な若者たちにも共通する「戦略性」。そこが際立って個性的だと思った。そしてこの個性の違いにこそ、人間の面白さがしっかりとうつしだされていた。
「知の高速道路」が敷設され、癖のない均質な強さは、昔に比べて身につけやすくなった。しかし「高速道路を走り切ったあとの大渋滞」を抜けるには、加えてこれらの三要素が不可欠なのだ。特に「際立った個性」の強さが、最後の最後の紙一重の差を作り出す源となるのである。そしてそれは、どんな分野にもあてはまる普遍性を有する。私は、これからの時代の「超一流」を目指すとは、突きつめればこういうことなのではないかと思うに至ったのである。(p.285-286)

伝統を持つ将棋界もこんなに変わっているんだな、というのをびっくりすると共に、それをどう楽しめるのかを一生懸命考え始めている自分にびっくり。棋士って、とっても人間臭く、とっても知的で魅力的だ。
以下、メモ。

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宇野常寛『日本文化の論点』

日本文化の論点 (ちくま新書)

日本文化の論点 (ちくま新書)


いま、いちばん仕事が気になっている人と言って間違いがないほどに傾倒しています、宇野常寛さん。
既存の仕組みを<昼の世界>とし、それに対して、新しく生まれつつある仕組みを<夜の世界>と対置させる。制度的に無理が来始めている<昼の世界>をどう変えていくのか?という方法論が非常におもしろい。ここで登場するのは昨年の大河ドラマで描かれた、平氏政権であり、鎌倉幕府
曰く、

<昼の世界>からは見向きもされない<夜の世界>で培われた思想と技術―ここにこの国を変えていく可能性が詰まっている。僕たちはそう確信しています。僕たちがやるべきことは、この<夜の世界>で培われた思想や知恵を用いて<昼の世界>を変えていくこと――それだけです。
しかし僕はその一方で、<昼の世界>に<夜の世界>の知恵を持ち込むことで内部変革していく、という筋書きを心のどこかで信じられていないところがあります。
2012年に放映されたNHK大河ドラマ平清盛』は、平安末期の平氏政権を朝廷という既存のシステムの内部改革者として描きました。とうに耐用年数の限界を迎えているにもかかわらず、既得権益の保守と前例踏襲の事なかれ主義が横行することで更新を拒むシステムに、理想主義的な内部改革者が挑む―。主人公・平清盛が瀬戸内海の海賊や平民出身の新興武士たちの力を借りてあたらしい世の中を切り開く姿は、まるで今日における日本において、<昼の世界>の理解者たちが<夜の世界>の住人たちである僕たちと手を取り合って世の中を変えていく姿のように見えました。
しかし僕はこのドラマに夢中になりながらも、現実の日本社会はそうはいかないだろうと考えていました。というよりも僕自身が、その可能性をどこかで信じられていないのです。
僕はやはり、どちらかといえば源氏になりたい―そう考えています。平家の開国政策に対して、源氏のそれは鎖国的であるとか、平氏政権こそが鎌倉幕府の原型だといった学説が存在するのは知っていますがあくまで比喩的に述べると、僕は源氏的なアプローチのほうを信じています。朝廷の目の届かない、鎌倉という当時のど田舎に幕府というあたらしいシステムを勝手につくりあげ、そしてそのシステムが大きくなることでいつの間にか全国を支配する―そんな可能性のほうに賭けてみたい、そう思うのです。(p.165-167)

当時の世界をまわしていた仕組みである朝廷の目の届かないところで新しいシステムを作り、それを実際に動かし、それが有効であることを見せる、そんな世界の変え方もいいのだと思うのです。
教育でも同じことができるだろうか、と考えます。文部行政、学校現場、その中に入って変えていく人ももちろんいてもいいと思うけれども、民間でうまくいく仕組みを作って、その仕組みを学校にうまいこと横展開する方がずっと早いと思う。やってみて、うまくいっている様を見せて、それに予算をつけてもらって横展開する、そういうやり方って、源氏的かなあ、とか考えたりして。

単純に考えて、この国の古い<昼の世界>とあたらしい<夜の世界>のパワーバランスは圧倒的に前者に偏っています。数の力も、資金力も、権力もすべてにおいて<昼の世界>に<夜の世界>は劣っています。両者が正面からぶつかって、勝てる見込みはまずありません。だから僕は、こう考えます。僕たち<夜の世界>の住人たちが、<昼の世界>に勝っているものは目に見えない力、つまり「想像力」しかありません。<昼の世界>の人たちが思いつかないようなアイデアやビジョンを見せることで、彼らを魅惑して、ワクワクさせて、僕たちの味方になってもらう、僕らを「推して」もらうしかない―僕はそう考えています。
そして人をワクワクさせるのは僕たち文化の、想像力の担い手たちの仕事なのだと思います。(p.170-171)

そう、あとはワクワクさせられるかどうか、ですよね。文句を言わずに動いてみる。ダメなものはダメ、と一回距離をとって、自分たちで世界を作ってみる、それが大事なのかな、と。


他にも、おもしろい部分がたくさんあったので、メモ。

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内藤朝雄『いじめの構造 なぜ人が怪物になるのか』

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)


いじめについての書籍は、ルポルタージュ系のものだけじゃなくて、「それってどうして?」って理由をつきつめて、いじめの起きない対策をきちんと考察しようとしているものにあまりあったことがなかったので、とても新鮮だった。感情で「ひどいでしょ?」というふうに訴えるだけではなくて、こういうふうに、どうすればいいのかというのを積み重ねていく考察をしていきたいな、と思う。
以下、メモ。

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谷内篤博『大学生の職業意識とキャリア教育』

大学生の職業意識とキャリア教育

大学生の職業意識とキャリア教育


大学でのキャリア教育についてリサーチするために読んだ。参考になりました。就職力の公式(根本孝さんによる)は、すごくおもしろいなあ、と思った。立教大学、文京学院大学のカリキュラムなども紹介されていますが、立教大学のキャリア科目「仕事と人生」は、毎年500人前後の履修生、そのうちの7割は1年生・2年生だってさ…。大学って、就職するために行くためのところではないと思うのだけれどなあ。この流れって、変わらないのかなあ…。
以下、メモ。

p.43-44
根本孝『就職力』(2003)による、就職力の公式:
就職力= 〔(就職意志力:will)×(自己効力感:efficacy)〕×〔(エンプロイアビリティ:employability)×(就職活動力)〕

p.45-51
就職内定のセブン・ルール(シャイン)
第1ルール want can mustの明確化
第2ルール 自分の五感の活用
第3ルール 人脈ネットワークの活用
第4ルール 徹底した会社・業界研究
第5ルール 点→面への展開
第6ルール インターンシップへの参加
第7ルール 面接における"I think, Because"の励行

p.114
大学の就職部門の役割・機能
 →職業紹介業務(プレイスメントサービス)
 →職業指導業務(キャリアガイダンス)
 →キャリア支援業務(キャリアデザインサポート)

p.116
立教大学の事例
キャリア科目「仕事と人生」
・毎年500人前後の受講
・受講生の7割が1年生、2年生
・第1回 働くということ
 第2回 就職の実態
 第3回 雇用市場の動向
 第4回 キャリア形成
 第5回 男女雇用機会均等法の実態
 第6回 女性とキャリア
 第7回 雇用と社会保障
 第8回 組織と仕事
 第9回 仕事と家庭
 第10回 仕事と余暇
 第11回 仕事と自己実現
 第12回 総括および学生討論