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内藤朝雄『いじめの構造 なぜ人が怪物になるのか』

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いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)


いじめについての書籍は、ルポルタージュ系のものだけじゃなくて、「それってどうして?」って理由をつきつめて、いじめの起きない対策をきちんと考察しようとしているものにあまりあったことがなかったので、とても新鮮だった。感情で「ひどいでしょ?」というふうに訴えるだけではなくて、こういうふうに、どうすればいいのかというのを積み重ねていく考察をしていきたいな、と思う。
以下、メモ。
p.160-161
制度の問題へ 利害構造はたやすく変わる

権力の骨組みは利害図式から構成されていて、このかたちが、思いどおりにならないはずの他者を思いどおりにして全能気分を味わうための筋書(他者コントロールの全能筋書)に転用される。の理解図式を骨格として、そのまわりになまぐさいゆがんだ権勢欲という肉がこびりついてできている。

「利害図式を骨格とする権力は、それをとりかこむ「何をすればどういう損や得をするか。誰が誰に対して、何をすることができ、何をすることができないか」といった生活環境の利害構造に枠づけられている。こういった利害構造が、権力を枠づける鋳型となっている。
制度や政策が変われば、このような生活環境の利害構造は容易に変わる。たとえば内申書制度が廃止されれば、教員は気にいらない生徒の将来を断ち切ることを「やりたくてもできない」。学校に法が入れば、気にくわない人を「殴りたくても殴れない」。学校が閉鎖的でなく、人間関係を選択できる自由度が高ければ、「友だち」を「しかと」で震えあがらせることはできない。
制度や政策を変えることによって、生活環境の利害構造を容易に変化させることができる。生活環境の利害構造が変わると、それを鋳型にして生じる権力のありかたが変わる。そして、権力のありかたが変わると、他者コントロールの全能がはびこったり衰えたりするしかたも激変する。」

p.172「
学校に集められた若い人たちは、少なくともそれだけでは赤の他人であるにもかかわらず、深いきずなでむすばれているかのようなふりをしなければならない。学校では「みんな」と「仲良く」し、その学校の「みんな」のきずなをアイデンティティとして生きることが無理強いされる。すなわち学校では、だれが大切な他者でだれが赤の他人なのかを、親密さを感じる自分の「こころ」で決めることが許されない。逆に、親密さを感じる「こころ」が学校によって強制される。集団生活を通じた「こころ」の教育は学校の業務に含まれており、どういう「こころ」が好ましい「こころ」であるかは、学校が決める。学校の「みんな」になじめない「こころ」は、学校の赤の他人を家族のように感じる「協調性のある適応的」な「こころ」へと無理やり教育される。
学校の「友だち」や「先生」に親密さを感じない「こころ」の自由はない。生徒は学校に強制収容され、グループ活動に強制動員され、いじめや生活指導で脅されながら、親密な「こころ」をこじり出して群れにあけわたす「こころ」の労働を強制される。」

p.190-191「
筆者は第1章で次のように述べた。
「加害生徒たち(そして教員たち)は、自分たちが『学校的』な空間のなかで生きていると感じている限り、自分たちなりの『学校的』な群れの生き方を堂々と貫く。彼らが、そのような振る舞いをやめるのは、市民社会の論理に貫かれ、もはや『学校的』な生き方が通用しないと実感したときである」(25ページ参照)
ここから、社会のしくみを変えることによって、なくてもよいはずの生の苦しみを雲散霧消させる希望が開ける。「もはや『学校的』な生き方が通用しないと実感」するように、制度的に生活環境を変えれば、このような事態は、「あれは何だったのか?」と思えるようなしかたで、夢のように消えてしまうのである。ここに希望がある。」

p.195-196
世界の学校の分類は以下のようなものではないか?
1.学校共同体型
  →若い人の生活をトータルに囲い込む
   日本はこのタイプの突出した例。生活を囲い込んでベタベタさせる

2.学校教習所型
  →もっぱら勉強を教えることを期待される
    学校は乱暴なことを「やっても大丈夫ない場所」ではない。

3.地域軍団型
  →学校ではなく地域集団のほうで集団主義教育をするタイプ

p.199
短期的な2つの政策:
学校制度の大枠を変えることなく、比較的容易に実行可能。
1.<学校の法化>
加害者が生徒である場合も教員である場合も等しく、暴力系のいじめに対しては学校内治外法権(聖域としての無法特権)を廃し、通常の市民社会と同じ基準で、法にゆだねる。そのうえで、加害者のメンバーシップを停止する。

2.<学級制度の廃止>
コミュニケーション操作系のいじめに対しては学級制度を廃止する。

p.222-223
中長期的な政策:
新しい義務教育を、「強制してでも身につけさせなければならない、生きていくために必要最低限の知識に関して、保護者が子に国家試験をうけさせることを義務づけるもの。
1.日本社会で生活していくのに必要最低限の知識を習得しているかどうかをチェックする国家試験を子どもに受けさせる保護者の義務。
2.国家試験に落ち続けた場合には、後に述べる特殊貨幣、教育バウチャーを消化させる保護者の義務。

上記「必要最低限の知識」の内容は以下のとおり:
(a) 生活の基盤を維持するのに必要な日本語の読み書き
(b) お金を使って生活するのに必要な算数
(c) 身を保つために必要な法律と公的機関の利用法
国は、この3つの内容について国家試験を行う。

p.265「
人類は、いつの時代にも残酷なことを繰り返してきた。それは、いつの時代にも人が癌になってきたのと同じことである。しかし、わたしたちは、初期の癌を発見し治療する理論と方法をつくりだした。それと同様、人間が人間にとって怪物になるメカニズムを発見し、それを抑止する方法をつくりだすこともできるはずだ。筆者はそのための第一歩として、本書を書いた。

二十一世紀の人類社会が、人間にやさしい社会であるように!」