読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

高柳先男『戦争を知るための平和学入門』

戦争を知るための平和学入門 (ちくまプリマーブックス)

戦争を知るための平和学入門 (ちくまプリマーブックス)


「平和学」ってものを研究する活動を、いつか実践したいとずっと思っているのですが、日々の忙しさに埋もれ、できないままもう何年も…思えば、大学受験で総合政策学部って学際的な学部を志望したのも、動機はここにあったわけなので、がんばらねばならないのですよ。
平和を考えるのには、その反対概念として「戦争」を考えなければいけないけれど、「戦争がない状態」が平和であるかと言えばそんなこともないわけで。「戦争がなくても平和でない状態=Peacelessness」という概念は非常におもしろいと思う。今の日本は平和か?と考えると、確かに戦争はないけれど、平和ではないかなぁ、どうかなあ、と思う。社会構造や貧困、そうした面から平和について考えるようなカリキュラムを作りたいな、と考えています。
以下、メモ。

p.10

哲学者とか思想家、政治学者や法律学者,経済学者などがさまざまな学問を応用して、平和と云うのはいったいどういう状態をいうのか、そういう平和を脅かす条件にはどういうものがあるのかということを研究するようになります。それは必ずしも客観的ではないにしても、そういうかたちでしか、平和というものはとらえられないのではないか。新たに平和研究にのりだした人たちの意識は、科学的研究だけでなく、もっとマクロな(大きな)立場で、いったい平和というものをどういうふうにとらえたら、より人間にとって真実に近い平和という概念に到達できるだろうかというものでした。このような関心から、ピース・リサーチというものが、ピース・スタディーズ(平和学)とおバレるようになったのです。ピース・スタディーズ(Peace Studies)と複数形であるところに意味があります。


p.12

ぼくなりに平和学を定義しなおすと、「戦争の原因を、多くの学問を応用してつきとめ、平和の諸条件を探求する学問」ということになります。平和学は、かつては学際的(interdisciplinary)、つまり政治学や法律学や社会学などさまざまな分野の人の共同研究というイメージが強かったのですが、いまは一人の人が多学応用的(transdisciplinary)に研究する学問になってきています。


p.13
平和学の特色
1.歴史状況の関数
2.現実を批判的に見ざるをえない
3.未来をつくり上げる「構想性」が必要とされる


p.21
「戦争の不在」=「平和」?
→そうではない。戦争がなくても平和でない状態=Peacelessness
 「平和ならざる状態」を引き起こすのは社会構造


p.36
アメリカの平和研究の創始者=ケネス・ボールディング
 →恒久的戦争と恒久的平和を設定し、できるだけ平和の状態にもっていくにはどうしたらいいかを考えた。
 →『紛争の一般理論』(1962年)


p.104

平和学は「戦争がなくても平和ではない」という状態を重要な問題として考えなければならないというアプローチをもっています。「戦争がなくても平和ではない」というのが具体的にどういう状況として世界の現実の中に現れているかというと、簡単にいってしまえば「貧困」と「抑圧」ということになります。


p.141

僕の平和学の基礎理論は、ひとつは戦争のような直接的暴力をどうやってなくしていくか、もうひとつは、構造的暴力をどうやってなくすかです。構造的暴力には、貧困だけでなくて「抑圧」があります。小さな社会的抑圧から政治的抑圧まであり、思想・信条・宗教を理由に差別、排除、抑圧が行われる。また、開発による環境破壊そのものが構造的暴力として、わたしたち一人一人の生活を支配してきている。だから、構造的暴力をなくすというのは、社会的公正を増やしていくことです。