溝上慎一・藤田哲也[編]『心理学者、大学教育への挑戦』

心理学者、大学教育への挑戦

心理学者、大学教育への挑戦


あちこちの教育系ブログで取り上げられていた本をようやく読了です。いろんなヒントが入っていておもしろい。カリキュラムを作るうえで、認知心理学というのは常にアタマに入れておきたいアプローチです。引き出しとして持っておきたいところ。

以下、メモ。

p.17(大塚雄作)

効率的に、内容を学生に伝えるという意味では、やはり、一方向的でも、講義形式の授業が有用であって、実習はその意味では非効率的である。授業の形態は、それぞれ長所・短所があるわけで、一つの授業のなかで、さまざまな授業形態の特長をすべて盛り込むということは簡単にできることではない。
そこで、効率的な授業改善を試みるのであれば、学科なり、講座なりのレベルで、カリキュラム構成の段階からの工夫が望まれることになる。たとえば、統計の授業に並行して実習や演習の時間を設けるとか、統計の授業を2学期連続であったものを、もう1学期延ばして、3学期連続の講義にするとか、あるいはティーチング・アシスタントを付けて、課外の課題のチューターを担当してもらうようにするとか、一つの授業の枠組みを超えた試みを講じていくことがより生産的であろうということである。


p.21(大塚雄作)

“質”ということを考えた場合、“理解度”をあくまでその“一側面”であって、どのような指標が“質”をよりよく反映するのかということも問題になるだろう。わかりやすい授業であっても、授業にまったく興味がわかないようであれば、すなわち、“理解度”は高くても“興味度”が低いような場合には、次の学習には結びつきにくいということもあるだろう。一方、授業の内容に関心が高ければ、難しさが感じられたとしても、“質”が低いとはいえないことになる。そういう意味で、“満足度”はさまざまな要因に関係しており、総合的な“質”を反映させるためにはよりよい指標と言えるのかもしれない。


p.27(大塚雄作)
実践コミュニティ(Lave&Wenger, 1991):
・あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団
・コミュニティの価値を共有し、コアメンバー/アクティヴな実践者/周辺メンバーとして、その価値の実現に向けて活動を積み重ねていく


p.35(大塚雄作)
テストの得点などの数値による評価を繰り返す
→意味もわからぬ序列化がされることがあり、評価に対してネガティヴなイメージをもつようになり、学習そのものを促進するとは限らない
→テストの得点などの数値が一人歩きして、社会的に評価の弊害を生み出すことにもなりかねない


学習コミュニティの周辺に参加しようとしている学習者に対しては、たとえば、学習の成果物をポートフォリオとして蓄積し、それを教師と学習者がふり返る(リフレクション reflection)などして、学習者が学習コミュニティの価値を共有するきっかけを作り出すなどの工夫が有効となろう。この試みは、学習者を、学習コミュニティが持つ背景や文脈に取り込む働きかけをしているとみなすこともできる。


ウェンガーらの奨めるコミュニティにおける評価のあり方:
因果の連鎖がわかりやすく示されるストーリーとしての表現
=コミュニティの文脈を共有することに力点を置く
→自分とは異なる価値観や世界観を外部の人にぶつけ、その揺さぶりを通じてコミュニティの教会を取り払い、周辺参加者としてコミュニティに組み込むきっかけにする


p.49(溝上慎一)

人は既存の知識構造の枠組みなしには新しい知識を真に理解することができないのであり、新しい知識はその人の既存の知識構造に“意味ある形”で受け入れられてはじめて理解されるということである。教えたいことをただ発することは誰でもできるし、一番簡単な方法である。しかし、子どもたちの学びは、彼らの内的世界における学習の意味をたえずはかりながら行われるものであるし、またおこなわれるべきものである。


有意味学習(meaningful learning)by Ausubel & Robinson, 1969


p.104(藤田哲也)
達成目標理論(achievement goal theory)
・人が達成行動(たとえば学習)をしている場合にも、必ずしも同じ“目標”を認知しているとは限らないと考える
・どのような達成目標を志向しているかによって、学習中の失敗の原因の捉え方、その後の行動パターンが異なるとする
・扱う達成目標はさまざまだが例として3つ:
1)習得目標(mastery goal)
・学習内容それ自体の習得を通して自分の能力を高めることを志向性
2)遂行接近目標(performance-approach goal)
・自分の有能さを誇示し、他人からよい評価を得ようとする志向性
・学業遂行、成績なども含まれる
・周囲からの高い評価を得るために、よい成績を取りたいと思うなど
3)遂行回避目標(performance-avoidance goal)
・自分の無能さが明らかになるような事態を避けようとする志向性
・他人から悪い評価を得るような事態を避けようとする志向性
・悪い成績を取って“頭が悪い”と周囲に思われたくないために学習をするなど


この達成目標理論が有用な理由は、見かけ上、同じように学習活動に従事している学習者であっても、目標のもち方によって、たとえば成績の受け止め方(成功・失敗の原因帰属の在り方)が異なることや、どのような状況でもっとも動機づけが高まるのかということを、より明確に予測し、説明ができる点にある。


p.123(安永悟)
共同学習(cooperative learning):
共同的なグループ活動を学習に用いる多様な指導法の総称。
以下のような条件がある

1)互恵的相互依存関係の成立:
クラスやグループで学習に取り組む際、新たな知識の獲得や技能の伸長など、メンバー一人ひとりの成長が目標とされ、その目標達成にはメンバー相互の協力が不可欠なことを、すべてのメンバーが了解している。

2)二重の個人責任の明確化:
自分の学習目標のみならず、ほかのメンバーの学習目標、ひいてはグループ全体の学習目標を達成するために、各自がなすべき取り組み、各自が負うべき責任をすべてのメンバーが承知し、その取り組みの検証が可能になっている。

3)促進的相互交流の保障と顕在化:
学習目標を達成するために、役割分担や助け合い、学習資源や情報の共有、共感や受容といった情緒的支援など、メンバー相互の協力が奨励され、実際に協力がおこなわれている。

4)協同の体験的理解の促進:
協同の価値や効用を説き、理解と内化を促す指導者からの意図的な働きかけがある。


p.124(安永悟)
協同学習が競争学習や個別学習に比べて優れている側面:
%「大学」と書かれている部分は「学校」に読み替えも可能ですね

1)学習成績:
知識の獲得・保持・正確さ、問題解決における独創性、メタ認知的思考、困難な課題への取組、持続力と忍耐力、内発的動機づけ、学習の転移などを促進する。

2)対人関係:
学習仲間に対する好意度が高まり、良好な人間関係により仲間からのサポートを受けやすく、大学への適応が改善し、大学生活の質が高まる。

3)心理的適応:
協同についての認識が深まり、自尊感情が向上し、心理的健康度が高まる。また社会的スキルも高まる。

4)大学への態度:
大学での学習や専門領域を肯定的にとらえ、大学自体に対して好意的な態度を強める。また、大学に対する価値観や大学における行動パターンも変化する。


p.125(安永悟)
LTD(Learning Through Discussion)
・アメリカの社会心理学者ヒル博士(W.F.Hill)が考案
・話し合いによる学習
・最終目的は学習教材の理解を深めること
・教材理解という認知的側面の促進が目的だが、この目的を達成する過程で学生の態度的側面も鍛えられ、変化することが期待されている
・話し合い(ミーティング)を中心とした学習法であるが、個人による事前準備(予習)を重視する。つまり、LTD話し合い学習法は予習とミーティングによって構成され、両者が対になるもの。
・話し合いの際に手がかりとする予習ノートを作成する
・5名〜6名で話し合い、教材の理解を深める


p.153(関田一彦)
LTDを利用する際のアドバイス
1)比較的少人数の授業(10〜30名程度)からはじめる
2)いきなり本番をやらずに、手順の解説といくつかのステップの練習を行う
3)学生たちが慣れて効果を実感するまで、(多少の行き詰まりや混乱に耐えて)少なくとも3〜4回は実施する
4)教材の分量は欲張らない
5)学生の前では、LTDは効果があるという強い確信を装う


p.196(西垣順子)
高水準リテラシー(advanced literacy)
・専門的なテキストを読んだり論文を書くといったリテラシ
・大学教育の目的の一つが、この高水準リテラシーの獲得


p.204(西垣順子)

文章を読むときに読者は、文字の読み取り、単語の理解、文理解、文と文の関係の理解といった作業を同時に進めている。文章を理解するときの人のアタマの働きをコンピューターにたとえて言うなら、いくつものアプリケーションを同時に立ち上げて動かしているような状態、つまり高い負荷がかかっている状態なのである(これを心理学では“認知的負荷が高い”という言い方をする)。ただし、多くの大人は読解に関わる諸作業を軽々と自動的におこなえるので、その負荷を感じることは少ない。